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第三代会長 池田大作

略歴

写真 池田大作第三代会長
池田大作第三代会長

1928年(昭和3年)1月2日生まれ。東京都出身。富士短期大学卒。
1947年(同22年)、19歳で創価学会に入会。戸田城聖理事長(後の第二代会長)に師事する。1960年(同35年)、創価学会第三代会長に就任。約20年間の在任中に、創価学会の飛躍的・国際的な発展をもたらす。1979年(同54年)、名誉会長に就任。1975年(昭和50年)、SGI(創価学会インタナショナル)の会長に就任。
世界平和を希求する仏法者、人間主義の活動家として、これまで世界54か国・地域を訪問し、各国の指導者、文化人、学者等と会見、対談を重ねる。
創価学園・創価大学・アメリカ創価大学のほか、(財)民主音楽協会、(財)東京富士美術館、(財)東洋哲学研究所、牧口記念教育基金会、戸田記念国際平和研究所など教育・音楽・美術・学術の諸団体を創立。
「国連平和賞」をはじめ受賞多数。モスクワ大学、ボローニャ大学などから名誉博士号等の称号も贈られている。
主な著書に、小説『人間革命』(全12巻)、『二十一世紀への対話』(A・トインビーとの対談)など。また、『さくらの木』などの童話や、『青春対話』など青少年向けの著作も数多い。

池田大作名誉会長の行動と足跡を紹介しています。

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苦闘の青春——生涯の師との出会い

写真 青年時代の池田大作
青年時代

池田大作(いけだだいさく)は1928年(昭和3年)1月2日、現在の東京都大田区で海苔製造業を営む一家の五男として生まれました。父は、子之吉(ねのきち)。母は、一(いち)。第2次世界大戦の渦中で過ごした少年時代。空襲の恐怖、長兄の戦死、悲しむ母の慟哭……多感な時期に心に刻まれた戦争への怒りが、池田の生涯の平和行動の原点となっています。
青春時代は、肺病と闘うなかで、トルストイ、ユゴー、ゲーテ、ホイットマンらの文学を読み、詩を創作し、人生の意義について思索をめぐらせる日々でした。
1947年(同22年)8月に、小学校時代の友人に誘われ、初めて創価学会の座談会に出席。そこで生涯の師となる戸田城聖と出会い、その人格に感銘を受け、創価学会に入会しました。19歳の時でした。
1年半後に戸田のもとで働くようになって以来、生涯、戸田に師事し、その逝去まで、事業をはじめあらゆる面で恩師を支え続けました。

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平和活動とSGIの設立

写真 世界各国の子供たちと記念撮影
世界各国の子供たちと

1960年(昭和35年)5月3日、池田大作は戸田第二代会長の後を継ぎ、創価学会第三代会長に就任。同年10月に、当時世界に広がり始めていた学会員の激励のため、初めて北・南米を訪問し、世界への平和行動の第一歩をしるしました。
1974年(同49年)、第一次訪中の折、一人の少女が池田に尋ねました。「おじさんは、何をしに中国に来たのですか?」。池田は即座に「あなたに会いに来たのです!」と答えました。「その地に住む人々に会うために。市民と友情を結ぶために」——これが池田の平和行動の根本姿勢です。社会体制やイデオロギーの壁を超え、池田は中東諸国や当時のソ連なども訪問しています。
1975年(同50年)1月26日には、世界51か国・地域のメンバーがグアム島に集い、創価学会インタナショナル(SGI)が創立され、池田はSGI 会長に就任。国籍・民族を超えて世界の人々と語らい、友情を広げる対話行動に対し、「国連平和賞」などの栄誉が贈られています。

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作家、詩人、哲学者として——小説『人間革命』の執筆

写真 執筆シーン
執筆シーン

「戦争ほど、残酷なものはない。戦争ほど、悲惨なものはない」——池田大作は、小説『人間革命』の冒頭に記しています。
執筆は、沖縄の地で始められました。1964年(昭和39年)のことです。日本で唯一の地上戦を経験した沖縄。戦争の悲惨さを、いやというほど味わった地から、平和と幸福の波を起こしていこうとの決意からでした。
この小説は、恩師・戸田城聖の生涯と、創価学会が一大民衆運動へと発展していくドラマをつづった全12巻の作品です。「一人の人間における偉大な人間革命は、やがて一国の宿命の転換をも成し遂げ、さらに全人類の宿命の転換をも可能にする」との主題で、宿命に泣いていた人々が、信仰を根本として蘇生していく姿が描かれています。
1993年(平成5年)から、続編となる小説『新・人間革命』を執筆。現在も、聖教新聞紙上で連載中です。同書の冒頭に池田は、「平和ほど、尊きものはない。平和ほど、幸福なものはない。平和こそ、人類の進むべき、根本の第一歩であらねばならない」とつづっています。
また『法華経の智慧』をはじめとする仏法哲学の解説書も多数、出版。さらに池田は、数多くの長編詩を発表しており、1981年(昭和56年)、世界芸術文化アカデミーから「桂冠詩人」の称号を贈られました。池田の詩について、世界詩歌協会のスリニバス会長は、「極めて高い理想の啓発を受けたその詩歌は、それ自体が一つの宇宙です」との讃辞を寄せています。

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教育者として——創価学園をはじめ教育機関の設立

写真 大学での講義風景
大学での講義風景

「お父さん、お母さんを大切に!」「生涯、学びの道を!」——生徒たちに、いつもこう呼びかける池田大作。「知識の切り売りではなく、人間としての“幸福への道”をともに歩んでいくことが教育者の務め」との思いからです。
池田は「教育こそ、私の最後の事業」と語ります。“教育の第一義は、子どもの幸福にある”との「創価教育学」を打ち立てた牧口初代会長、そして戸田第2代会長の遺志を継ぎ、創価教育の学舎である「創価学園」(中学・高校)を東京に設立。その後、関西創価学園、大学、小学校、幼稚園を創立し、創価教育の同窓生は5万人を超えています。
各学校には、「英知を磨くは何のため 君よそれを忘るるな」(創価大学)などのモットーや建学の指針が掲げられ、学生・生徒らに「学問は民衆の幸福のためにある」との哲学を教示しています。
また、青少年向けの執筆も多く、主に中学生を対象とした対話集『希望対話』では、「“いじめ”は、いじめている側が100%悪い」などの主張を展開。「教育権の独立」「“社会のための教育”から“教育のための社会”へ」など、数々の教育提言も発表しています。

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平和活動家として——世界の首脳、識者との対話

写真 SGI総会でスピーチ
SGI総会で

「21世紀に向かって、このような対話を続けていっていただきたい」——これは大歴史家トインビー博士が、池田大作に託した言葉です。1972年(昭和47年)のトインビー博士との対談から、池田の世界各国の首脳・識者・文化人との本格的な対話が始まりました。
中国の周恩来首相、ソ連のゴルバチョフ大統領ら首脳とは、「世界平和へ国家・民族を超えた友情の連帯」をめぐって、また、音楽家のメニューイン氏、美術史家のルネ・ユイグ氏らとは、「人間の精神性と芸術」を語らい、さらに、宇宙飛行士と「宇宙のロマン」の対談を繰り広げるなど、あらゆる分野の人物と対話をしています。
そうした「世界の知性」との対談集のうち、トインビー博士との対談集『二十一世紀への対話』は、28言語に翻訳・出版され、海外では大学の教材にもなり、“人類の教科書”との評価も受けています。
このほか池田は、ハーバード大学、モスクワ大学など世界の最高学府で講演も行い、人類の未来のためのメッセージを発信。また1983年(同58年)以来、毎年、「SGIの日」である1月26日に記念提言を発表し、「環境国連」や「核廃絶のための特別総会」の開催など、世界の平和と地球の未来へ向けての具体的提案を行っています。

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世界各地で開催された「『自然との対話』池田大作写真展」のページです。作品の一部をご覧いただけます。
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