
法華経の信心を・とをし給へ・火をきるに・やすみぬれば火をえず
四条金吾殿御返事P1117
此の経をききうくる人は多し、まことに聞き受くる如くに大難来れども憶持不忘の人は希なるなり、受くるは・やすく持つはかたし・さる間・成仏は持つにあり
四条金吾殿御返事P1136
月月・日日につより給へ・すこしもたゆむ心あらば魔たよりをうべし
聖人御難事P1190
皆人の此の経を信じ始むる時は信心有る様に見え候が・中程は信心もよはく僧をも恭敬せず供養をもなさず・自慢して悪見をなす、これ恐るべし恐るべし、始より終りまで弥信心をいたすべし・さなくして後悔やあらんずらん、譬えば鎌倉より京へは十二日の道なり、それを十一日余り歩をはこびて今一日に成りて歩をさしをきては何として都の月をば詠め候べき、何としても此の経の心をしれる僧に近づき弥法の道理を聴聞して信心の歩を運ぶべし
新池御書P1440
抑今の時・法華経を信ずる人あり・或は火のごとく信ずる人もあり・或は水のごとく信ずる人もあり、聴聞する時は・もへたつばかりをもへども・とをざかりぬれば・すつる心あり、水のごとくと申すは・いつも・たいせず信ずるなり、此れはいかなる時も・つねは・たいせずとわせ給えば水のごとく信ぜさせ給へるかたうとし・たうとし
上野殿御返事P1544