3.一生成仏と広宣流布

相対的幸福と絶対的幸福

戸田城聖第2代会長は、幸福には「相対的幸福」と「絶対的幸福」があると述べています。
相対的幸福とは、物質的に充足したり、欲望が満ち足りた状態をいいます。しかし、欲望には際限がないし、たとえ、一時は満ち足りたようでも永続性はありません。外の条件が整った場合に成立する幸福なので、条件が崩れた場合には、その幸福も消えてしまいます。
これに対して、絶対的幸福とは、どこにいても、また、何があっても、生きていること自体が幸福である、楽しいという境涯をいいます。それは外の条件に左右されることのない幸福なので、絶対的幸福というのです。成仏とは、この絶対的幸福境涯の確立をいいます。
現実世界に住んでいる以上、人生にさまざまな苦難はつきものです。しかし、山登りに譬えていえば、頑健な体の持ち主が、少々重い荷物を背負っても悠々と山道を登ることができるように、自身の生命に絶対的幸福境涯を確立した人は、さまざまな困難が起こったとしても、その困難をバネとして、強い生命力を湧き出させ、逆境を悠々と乗り越えていくことができます。
そして頑健な人は、むしろ、山道が険しければ険しいほど、それを克服していく喜びを味わいます。それと同じように、あらゆる困難を乗り越えていく生命力と智慧を身につけた人にとっては、困難が渦巻く現実世界そのものが、充実感に満ちた価値創造の場となるのです。
また、環境に依存する相対的幸福が「死」によって途絶えるのに対し、絶対的幸福である仏の境涯は、「自身、法性の大地を生死生死と転ぐり行くなり」(724㌻、通解──わが身が、妙法の大地を生死生死とめぐり行くのである)と仰せのように、死をも超えて存続していくのです。

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