1.日蓮大聖人の御生涯

(2)立宗宣言

遊学によって妙法弘通の使命とその方途を確認された大聖人は、大難が起こることを覚悟のうえで、妙法弘通の実践に踏み出されました。
建長5年(1253年)4月28日の「午の時(正午ごろ)」、清澄寺で、念仏などを破折するとともに、南無妙法蓮華経の題目を高らかに唱えて末法の民衆を救済する唯一の正法を宣言されました。これが「立宗宣言」です。
立宗とは宗旨(肝要の教義)を立てることです。32歳の時でした。このころ、みずから「日蓮」と名乗られました。
この立宗宣言の際に念仏宗の教義を厳しく批判した大聖人に対し、地頭(警察権や税の徴収権などを行使した幕府の役人)の東条景信は、念仏の強信者であったために激しく憤りました。
そのため、大聖人に危害を加えようとしましたが、大聖人はかろうじて、その難を免れました。
その後、大聖人は、当時の政治の中心であった鎌倉に出られました。名越あたり(松葉ケ谷と伝承)に草庵を構えて、本格的に弘教を開始されました。当時、鎌倉の人々に悪影響を与えていた念仏宗や禅宗の誤りを破折しながら、南無妙法蓮華経の題目を唱え、広められました。
この弘教の初期に、富木常忍・四条金吾(頼基)・池上宗仲らが入信しました。

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