2.信行学

(1)信

「信」は信受ともいいます。仏の教えを信じて受け入れることです。この「信」こそ、私たちが仏の境涯に入るための根本なのです。
法華経には、釈尊の弟子のなかで智慧第一といわれた舎利弗も、ただ信受することによってのみ、法華経に説かれた法理を体得できたと説かれています。すなわち譬喩品には「汝舎利弗すら 尚お此の経に於いては 信を以て入ることを得たり」(法華経197㌻)とあります。これを「以信得入」といいます。
仏が覚った偉大な智慧・境涯を自身のものとしていく道は、ただこの「信」による以外にありません。仏の教えを信じて受け入れていった時に、初めて仏法で説く生命の法理の正しさを理解していくことができるのです。
末法の御本仏・日蓮大聖人は、御自身が覚られた宇宙根源の法である南無妙法蓮華経を、御本尊として図顕されました。すなわち大聖人が、末法の一切衆生のために、御自身の仏の生命を、そのまま顕されたのが、御本尊なのです。
ゆえに、この御本尊を、私たちが成仏の境涯を開くための唯一の縁(信仰の対象)として深く信ずることが、大聖人の仏法を修行する根本となります。御本尊を信受して唱題に励むとき、妙法の功力を自身の生命に開き顕し、成仏の境涯を確立していくことができるのです。

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