3.難を乗り越える信心

(1)三障四魔

「兄弟抄」には、次のように述べられています。
「第五の巻にいわく『行解既に勤めぬれば、三障四魔、紛然として競い起こる。乃至随うべからず、畏るべからず。これに随えば、まさに人をして悪道に向かわしむ。これを畏れば、正法を修することを妨ぐ』等云云。この釈は、日蓮が身に当たるのみならず、門家の明鏡なり。謹んで習い伝えて、未来の資糧とせよ」(1087㌻、通解──天台の『摩訶止観』の第5巻には、次のように述べられている。「修行が進み、仏法の理解が深まってくると、三障四魔が入り乱れて競い起こってくる。……これに随ってはならない。恐れてもならない。これに随ったなら三障四魔は人を悪道に向かわせる。これを恐れたなら仏道修行を妨げられる」。この釈の文は、日蓮の身に当てはまるだけではなく、わが門流の明鏡である。謹んで習い伝え、未来にわたって信心の糧とすべきである)

このように、正法を信じ行ずるときに、信心が深まり実践が進んでいくと、これを阻もうとして起こるはたらきに、「三障四魔」、すなわち、三つの障りや四つの魔があります。
三障四魔の具体的な内容について、日蓮大聖人は、「兄弟抄」で次のように説かれています。
「三障と申すは煩悩障・業障・報障なり。煩悩障と申すは、貪・瞋・癡等によりて障礙出来すべし。業障と申すは、妻子等によりて障礙出来すべし。報障と申すは、国主・父母等によりて障礙出来すべし。また四魔の中に天子魔と申すもかくのごとし」(1088㌻)と。

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