3.難を乗り越える信心

賢者はよろこび愚者は退く

以上のように、私たちの仏道修行の途上においては、障害や苦難が競い起こってきます。
ここで注意しなければならないことは、貪・瞋・癡などの煩悩や、妻や夫、子、父母、五陰、死といっても、それら自体が障魔であるというのではなく、これに引きずられる信心修行者の弱い生命にとって、三障四魔のはたらきとなってしまう、ということです。
釈尊も、さまざまに起こる心の迷いを魔のはたらきであると見抜いて覚りました。私たちにとって、魔を打ち破るものは、何事にも紛動されない強い信心です。
大聖人は「しおのひるとみつと、月の出ずるといると、夏と秋と冬と春とのさかいには、必ず相違する事あり。凡夫の仏になる、またかくのごとし。必ず三障四魔と申す障りいできたれば、賢者はよろこび愚者は退く、これなり」(1091㌻)と仰せです。
三障四魔が出現した時こそ、成仏への大きな前進の時と確信して、むしろこれを喜ぶ賢者の信心で、乗り越えていくことが大切なのです。

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