小説人間革命に学ぶ

『新・人間革命』の名場面

1巻:世界平和への第一歩

平和ほど、尊きものはない。平和ほど、幸福なものはない。
平和こそ、人類の進むべき、根本の第一歩であらねばならない。

山本伸一は、逝去直前の戸田城聖の「伸一、…君の本当の舞台は世界だよ」との言葉を胸に、昭和35年10月2日、世界平和への第一歩をハワイに印した。
現地のメンバーひとりひとりを温かく励ましながら、仏法を世界宗教として開く構想を練っていた。

1巻:世界平和への第一歩

10巻:『人間革命』聖教への連載開始

人間革命——そこに、いっさいの原点がある。

昭和40年元旦の聖教新聞には、小説『人間革命』の連載が開始された。
戸田の出獄は20年前の事であったが、新しいメンバーにとって『人間革命』は、創価の大河の流れが、まさに一人から始まっていることを痛感させた。
そして、言論・出版活動に力が注がれるなか聖教新聞が日刊化されていく。

10巻:『人間革命』聖教への連載開始

12巻:創価学園の開学

私の健在なうちにできればいいが、だめかもしれない。伸一、その時は頼むよ。
……牧口先生の悲願である創価の学舎には、最高の教育環境を整えてもらいたい

昭和43年4月8日、東京・小平に開校し、創価高校・中学の第1回入学式が行われた。
学園の設立は、牧口初代会長の教育思想と正義を宣揚する第三代会長としての戦いであり、戸田第二代会長との師弟の誓いを果たす、闘争であった。
この創価学園を原点に、創価教育は大学、小学校、幼稚園と次々に展開されていく。

12巻:創価学園の開学

20巻:中ソ対立への架け橋

そこに、人間がいるからです。人間に会いに私は行くのです。
(中略)その人間の心と心に橋を架け、結ぶために行くんです。
それが平和への、最も確かな道であるというのが私の信念です。

昭和49年5月30日、山本伸一は、中華人民共和国を初訪問。中ソ対立に心を痛めていた伸一は、中国には侵略の意思がないことを確認し、9月にはソ連へ。伸一は、中ソの対立の溝に橋を架けようと懸命に動いた。
12月、再び中国を訪問した折、周恩来総理の強い意志で一期一会の歴史的な会見が実現した。

20巻:中ソ対立への架け橋

21巻:SGIが発足

彼は、氏名欄に『山本伸一』と書いたあと、国籍の欄にはこう記した。
『世界』——

昭和50年1月26日。世界51カ国・地域のメンバーの代表158人がグアムに集い、第1回「世界平和会議」を開催。席上、世界各国のメンバーの団体からなる国際的機構として、SGIが結成された。

21巻:SGIが発足

25巻:福光の章

春を告げよう! 新生の春を告げよう! 厳寒の冬に耐え、凍てた大地を突き破り、希望の若芽が、 さっそうと萌えいずる春を告げよう! 梅花は馥郁と安穏の園を包み、桜花は爛漫と幸の歓びを舞う、 民衆の凱歌轟く、勝利の春を告げよう!

この章は、2011年3月11日「東日本大震災」より半年後の9月に聖教新聞に掲載された。
物語は、昭和52年3月11日、山本伸一は完成したばかりの福島文化会館を訪問するところから始まる。
幾度となく過酷な試練にさらされてきた東北の宿命転換を願い、激励行を開始する。

25巻:福光の章
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