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王冠勲章勲一等(タイ)

“日・タイ友好”の友情の虹

写真 タイ・アユタヤ
タイの古都・アユタヤ(写真提供/タイ国政府観光庁)

写真 タイ・ワットプラケオ
タイ・ワットプラケオ日本をはじめ多くの観光客でにぎわう(写真提供/タイ国政府観光庁)

タイと日本の交流は、15世紀初頭、琉球王朝との交易にまでさかのぼり、600年の歴史をもつ。17世紀の初めには、当時の首都アユタヤに、日本人町があった。

タイの国名は「自由」を意味する。19世紀半ば、アジアが西洋列強の植民地になっていく中、独立を保持した誇り高い歴史もある。

だがその後、軍国日本がタイに戦争協力を押しつけた不幸な時期があった。日本側は「東亜解放」の大義を掲げていたが、タイの人々にとっては、「侵略」以外のなにものでもなかった。

第2次世界大戦後は、日本とタイの関係は緊密さを増している。タイを訪れる日本人は年間120万人。在留邦人も3万人を超える。微笑みの国・タイに日本人が感じる親しみの証であろう。

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平和・文化・教育の交流

写真 チュラロンコン大学の訪問者名簿に署名する池田大作名誉会長
タイ・バンコクのチュラロンコン大学の訪問者名簿に署名する池田先生

写真 民音公演タイ古典舞踊劇「マノーラ」のワンシーン
日タイ修好100周年の民音公演タイ古典舞踊劇「マノーラ」 より

池田大作先生には、信念がある——「かつて日本が侵略したアジアから信頼されてこそ、日本は平和国家である」

この信念のまま、1961年のタイ初訪問以来、創価大学、民主音楽協会(民音)の創立者として、民間人の立場で、日・タイ友好のため尽力してきた。

創価大学との学術交流協定はチュラロンコン大学(1975年)、タマサート大学(1985年)との間で結ばれ、活発な交流を続けている。1989年には、タイ王室のチュラポーン王女が創価大学を訪問。同大学名誉博士号を受章した。

更に、1988年1月には、チュラロンコン大学で「核兵器——現代世界の脅威」展を開催。

このほか民音主催により、「タイ国立民族舞踊団」「タイ王立舞踊団」「タイ人形劇団」を招へい。池田先生の著作のタイ語版も“トインビー対談”をはじめ10数点を数えるなど、平和・文化・教育の交流の流れは滔々と開かれている。

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“文化大王”への提案

写真 池田大作先生とプーミポン国王
プーミポン国王を表敬(1988年)

写真 池田大作先生とプーミポン国王の2度目の会見
チトラダ離宮で2度目の会見(1992年)

これまで池田大作先生は6度、タイを訪問。そのうち3度、同国のプーミポン・アドゥンヤデート国王を表敬訪問した。

プーミポン国王に対する国民からの尊敬は絶大である。「タイ国民の利益と幸福のために正義をもって統治す」との「即位の宣言」のままに、国王は行動を重ねてきた。
また、国王は、自ら写真・作曲・演奏も手がけ、芸術への造詣が深い“文化大王”としても知られる。
在位期間は1946年の即位以来、現王朝において最長であり、国民の敬愛をこめて、公式に「大王」の名が献じられている。

国王と池田先生は、誕生日が約1か月違いの同年。初めての表敬訪問(1988年2月3日)では、文化論、芸術論、平和論などが語り合われるとともに、二人の共通の趣味である写真の話に花が咲いた。
席上、池田先生は、国王が撮影した写真の展示会を、日本や各国で開催することを提案。国王はこれを快諾し、準備が進められることとなった。

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画期的な写真展の開催

写真 タイ王国・プーミポン国王陛下御撮影特別写真展開幕式
タイ王国・プーミポン国王陛下御撮影特別写真展(東京富士美術館)開幕式にチュラポーン王女が出席

写真 タプロー・コートでの写真展にアレクサンドラ王女が訪問
タイ王国・プーミポン国王陛下御撮影特別写真展(タプロー・コート)英国王室のアレクサンドラ王女が訪問

1989年4月、東京富士美術館で、タイ国外初の「タイ王国 プーミポン・アドゥンヤデート国王陛下御撮影特別写真展」が実現。開幕式にはチュラポーン王女とともに、日本の皇室から常陸宮殿下御夫妻、各国の大使館関係者が列席し、盛大に行われた。

プーミポン国王の特別写真展は、ロサンゼルス(1990年3月)、ロンドン近郊のタプロー・コート総合文化センター(1991年7月)でも催された。ロンドン展には英国王室のアレクサンドラ王女も出席し、“微笑の国”タイと“歴史の国”イギリスに友好の橋を架けた。

池田先生の国王初表敬の語らいのなかで始まった国外での写真展は、そのままタイの豊かな文化を海外に発信し、友好の輪を幾重にも広げることになり、各地での反響は大きかった。

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“友情の大河”を永遠に

写真 叙勲式
叙勲式 国王の肖像を掲げて

写真 叙勲式にて永遠の友誼を誓う池田大作先生
叙勲式にて永遠の友誼を誓う

池田大作先生の長年にわたる日・タイ友好への貢献に対して、プーミポン・アドゥンヤデート国王より、同国の栄誉ある「王冠勲章勲一等」が贈られることとなった。

授章式は、1991年7月19日、プーミポン国王の肖像写真が掲げられた聖教新聞社(東京・信濃町)で挙行。席上、池田先生は、国王を訪問し、「平和」「芸術」の語らいのひとときをもったことは忘れえぬ金の思い出となっていると語った。

「かつて日本が侵略したアジアから信頼されてこそ日本は平和国家である」——この信念のままに、アジア各国と日本との間に文化と友情の橋を架けてきた池田先生。

豊饒の大地・タイを潤し続ける母なる河・チャオプラヤー(メナム河)のごとく、日本とタイの交流の歴史は古く、深い。その流れを、永遠に変わらぬ“友情の大河”としていきたい——この池田先生の心情が表れた授章式であった。

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タイ王国 王冠勲章勲一等 授章式

写真 王冠勲章勲一等を佩用する池田大作先生
王冠勲章勲一等を佩用した池田先生

写真 王冠勲章勲一等
王冠勲章勲一等

「王冠勲章勲一等」は、タイ王室から民間人に贈られる最高の褒章の一つ。

授章式では、出席したジェーツ駐日大使が次のように授章理由を述べた。
「池田会長のこれまでの献身的な努力は、両国間の友情と協力を推進しました。以上を鑑み、タイ王国政府の推薦に基づき、プーミポン国王より貴殿の比類なき貢献を顕彰し、タイ王国『王冠勲章勲一等』を心からの喜びをもって謹呈いたします」

池田大作先生は謝辞の結びに、国王の詩の一節「友の微笑に 虹がかかる時/私たちは頭上の/重い雲を忘れてしまう」にふれながら、「私どもは、貴国との美しき友情の虹をさらに光り輝かせるべく、一層の尽力をここにお約束するものであります」と語った。

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