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功労勲章 勲一等(ベネズエラ)

伸びゆく“青年の国”ベネズエラ

写真 ベネズエラの首都・カラカス市
ベネズエラの首都・カラカス市の風景

写真 シモン・ボリバルの像
シモン・ボリバルの像

ベネズエラは南アメリカ大陸の北端に位置し、大西洋・カリブ海に面する“南米の玄関口”である。カリブ海の沿岸や、ギアナ高地、アンデスの山並みは風光明媚(ふうこうめいび)な景勝地と知られ、南米最大の湖・マラカイボ湖を擁する。

ベネズエラの正式な国号は「ベネズエラ・ボリバル共和国」。ベネズエラに生まれ、「南米解放の父」と呼ばれる英雄、シモン・ボリバル(1783年~1830年)の名を冠する。ベネズエラという名は、15世紀末にこの地を訪れたスペインの探検家が、マラカイボ湖畔の風景を“水の都”ベネチアになぞらえたことが起源とされる。

その国土は天然資源に恵まれ、石油、天然ガス、鉄鉱石、ダイヤモンド、金などが豊富である。1830年の独立以降、19世紀から20世紀初頭にかけて激動の歴史を刻んだのち、1958年に民主化を達成した。

現在では、教育と国民福祉の充実に力を注いでいるベネズエラ。人口の過半数以上が29歳以下の“青年の国”には、限りなき可能性が広がり、発展への活力が漲っている。

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偉大な人材の揺籃(ようらん)の大地

写真 カラカスに立つフランシスコ・デ・ミランダの像
首都カラカスに立つフランシスコ・デ・ミランダの像

写真 ベネズエラSGIの青年と固い握手をかわす池田大作先生
ベネズエラSGIの青年と固い握手をかわす池田先生

ベネズエラは、シモン・ボリバルをはじめ、南米解放の歴史の名を刻む数多くの偉人を輩出した地としても名高い。激動の時代を生きた彼らは、若くして祖国の解放と、人民の幸福という“大義”に身を投じた。

1806年、いちはやく祖国の独立に決起し「南米解放の先駆者」として讃えられる、フランシスコ・デ・ミランダ(1750年~1816年)。
19世紀の南米が生んだ最大の人文学者で、スペイン語文法の整備、「チリ民法典」の起草など多彩な功績で知られる“知の巨人”、アンドレス・ベージョ(1781年~1865年)。
そして、シモン・ボリバルの師であり、生涯を通じて貧困層の教育に身を捧げた哲学者、シモン・ロドリゲス(1769年~1854年) ——。

池田大作先生は、南米の偉人たちの“教育への信念”や“不屈の生き方”を、折に触れて、未来を担う青年たちに紹介してきた。

「『激動の時代』とは、まさに『青年が登場すべき時代』であろう」「私がボリバルの『闘争の魂』を、これまで幾度となく青年に語ってきたのも、そうした青年への期待の心情からにほかならない」(『新・私の人物観』 無私の英雄——シモン・ボリバル)

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“人間と人間を結ぶ”文化交流

写真 ラテン音楽・舞踊のグループ「バサージョス・デル・ソル」の公演のワンシーン
ラテン音楽・舞踊のグループ「バサージョス・デル・ソル」の公演

写真 国立カラボボ大学で開催された「世界の少年少女絵画展」
国立カラボボ大学で開催された「世界の少年少女絵画展 」(2000年)

ベネズエラと日本の文化交流の橋渡し役として、大きな役割を担ってきたのが、池田大作先生が創設した民主音楽協会(民音)である。

「真実の世界平和の基盤を築くには、音楽、文化、芸術による人間と人間の交流が最も重要である」との創立理念を掲げる同協会は、1980年に「ベネズエラ合唱団」を招へい。その後、91年には全国21都市で民族音楽グループ「コスタ・カリベ(カリブの海岸)」の来日公演を実現した。

最近では、2004年6月の同国を代表するラテン音楽・舞踊のグループ「バサージョス・デル・ソル」の公演など、民音はベネズエラの豊かな音楽文化を幅広く紹介してきた。

2005年8月に、民音文化センターを訪れたベネズエラのセイコウ・イシカワ駐日大使は「ベネズエラにとって、SGI(創価学会インタナショナル)、民音はとても大事な友人です」と長年にわたる交流に感謝の意を表した。

このほか、「自然との対話——池田大作写真展」(1997年)、「世界の少年少女絵画展」(2000年)の開催など、池田先生とSGIは、ベネズエラに多彩な文化交流の足跡をしるしている。

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ベネズエラで「核の脅威展」

写真 教育省展示ホールで開催された「核の脅威展」
教育省展示ホールで開催された「核の脅威展」(1999年)

写真 池田先生の記念提言を教材に採用したガイダンスの様子
池田先生の記念提言を教材に採用したガイダンスの様子(国立カラボボ大学)

ベネズエラはまた部分的核実験禁止条約(PTBT)の改正運動を主導するなど、核軍縮に先鞭(せんべん)をつけたことでも知られる。

創価学会が1982年から国連広報局との協力で開催し、世界24か国200万人以上が観た「核の脅威展」が、そのベネズエラで開催されたのは1999年5月のことである。

同展は教育省の「国家公認教育行事」の第1号に認定され、教育省の展示ホールを皮切りに、国立中央大学、近代美術館で開催。7万2千人を超える市民・学生らが見学した。

エクトル・ナバロ教育大臣は、同展の開幕セレモニーでスピーチした。
「(『核の脅威展』開催は)ベネズエラの教育を推進する立場にある教育省としての義務を果たすことであると思う」「私どももまた、池田博士や、SGIの皆さま方、そして平和の目的に人生を捧(ささ)げておられる多くの方々と力を合わせ、前進する所存です」

カラボボ州バレンシア市の国立カラボボ大学では、池田大作先生が世界に向けて、毎年発表してきた平和提言(「SGIの日記念提言」)を平和教育の教材として活用。池田先生の平和への信念と行動は、ベネズエラの“平和希求の心”と固く結ばれたのである。

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“仕事を成し遂げた人”への栄誉

写真 叙勲式
ベネズエラ功労勲章勲一等の叙勲式

写真 カルロス・ビベロ駐日大使から叙勲
カルロス・ビベロ駐日大使から叙勲

2003年12月4日、池田大作先生に対する「ベネズエラ功労勲章 勲一等」の叙勲式が、同国のカルロス・ビベロ駐日大使(当時)の出席のもと、東京・港区のベネズエラ大使公邸で行われた。

池田先生を出迎えた、ビベロ駐日大使は語った。
「私は、日本の庶民の皆さんにベネズエラの文化を知ってほしいと願っています。池田会長が創立した民音が、それを進めてくださっています。ベネズエラと日本を結ぶ文化の交流に、感謝いたします」

「きょう、お贈りする勲章は、世界から讃えられる池田会長にとって、ささやかなものかもしません。しかし私は、この勲章ほど、会長にふさわしいものはないと思うのです。功労勲章は、その人が成し遂げてきた『仕事』に対する顕彰です。『一番、働いてきた人』『一番、仕事をしてきた人』に贈られる勲章なのです」

池田先生にはこのほか、教育・文化への貢献に対する「アンドレス・ベージョ勲章勲一等 名誉綬褒章」(1999年)、学術分野での功績を称える「フランシスコ・デ・ミランダ勲章 勲一等」(2005年)がベネズエラより授与されている。
いずれも、平和・文化・教育の分野で日本とベネズエラの間に“虹の架け橋”を築いた、たゆみなき“行動”を称える、真心の証である。

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ベネズエラ功労勲章 勲一等 叙勲式

写真 ベネズエラ功労勲章 勲一等を佩用する池田大作先生
ベネズエラ功労勲章 勲一等を佩用

写真 ベネズエラ功労勲章勲一等
池田大作先生に贈られた「ベネズエラ功労勲章勲一等」

「ベネズエラ功労勲章 勲一等」は、ベネズエラ・ボリバル共和国が、長年にわたって社会に価値ある仕事をなしてきた人物に贈るもので、「勲一等」は最高位にあたる。

エルナンデス参事官の司会で厳かに行われた叙勲式では、はじめに、共和国大統領の名において叙勲する旨を記し、労働大臣が署名した「勲記」を朗読。続いて、ビベロ大使から池田大作先生に「功労勲章」が授与された。

ビベロ駐日大使は、池田先生の「奉仕という理想への献身」は人々の「模範」である、と称え「貴殿が示した模範に励まされ、貴殿の言葉によって動機づけられ、貴殿とともに不眠不休の労作業をしておられる、日本そして世界の隅々のすべての方々に対して、ベネズエラ国とベネズエラ政府の感謝の気持ちをお伝えしたく思います」と叙勲の辞を。

謝辞に立った池田先生は、「貴国を敬愛するSGIの友を代表して、謹んで拝受させていただきました」と真心に感謝。シモン・ボリバルの「私は友情と報恩を重んずる」との言葉を引きつつ、「人間を結び、文明を結び、人類を結びゆく対話を、断固として貫いていく」行動にこそ、「貴国の深き友誼と、ご厚恩にお応えする道がある」との決心を述べた。

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