世界聖教会館(東京・信濃町)
世界聖教会館(東京・信濃町)

2021年4月20日、聖教新聞が創刊70周年を迎えた。

聖教新聞が産声を上げたのは、戸田先生の第2代会長就任を目前にした1951年(昭和26年)4月20日。第3代会長・池田先生の指揮による世界広布の伸展とともに、発行は20788号、電子版の読者は206カ国・地域に広がった。

創刊70周年を記念して、原田会長が談話を発表した。

<原田会長談話>
かつて池田先生は語られました。
「私は、戸田先生から、十年間、徹底して、広宣流布の原理を教わった。師匠は原理、弟子は応用だ」
1962年(昭和37年)8月から始まった「御義口伝」講義で、私が学生部時代にいただいた、忘れ得ぬご指導です。
その12年前の8月、戸田先生は、若き日の池田先生に語られました。
「学会もいつか、なるべく早い機会に新聞をもたなければならんな」――50年(同25年)8月24日、戸田先生の事業が暗礁に乗り上げ、絶体絶命に陥る中で交わされたこの師弟の語らいが「聖教新聞創刊原点の日」の淵源となりました。

障魔の嵐の中で、師が示された「原理」。その見事な弟子の「応用」の実証こそ、“世界一の「教団の機関紙」”に発展した今日の聖教新聞です。

創刊から70年、誰よりも筆を振るい、詩歌や写真を提供し、紙面レイアウトから印刷・輸送・配達にまで心を砕き続けてくださった池田先生に、満腔の感謝をささげずにはいられません。
私自身、小説『人間革命』の連載が開始された時期に、担当記者をさせていただいたことは生涯の財産です。

その聖教に、池田先生の記事が掲載されない時代がありました。
忘恩と反逆の徒による陰険な画策によって、1年以上もそうした状況が続いた80年(同55年)7月26日、先生は神奈川の地で小説『人間革命』の連載再開を決断されました。先生は、当時の担当記者に言明されました。
「このままでは、学会員があまりにもかわいそうだ。多くの同志が『今の機関紙を見ても、何の希望も見いだせない。勇気も出ない』と言ってきている。大切な学会員を守る責務がある。元気を出せるように励ます責任もある。会員を絶対に守り抜くんだ。私は、断固として、矢面に立って戦う!」
この決然たる宣言から、先生は破邪顕正の言論闘争を再び開始され、邪悪の鉄鎖を断ち切り、世界広布の大道を切り開いてくださいました。

読者に希望と勇気を送る。会員を徹底して守り、励ます。正義のために矢面に立って戦う――先生が紙面を通して、示し続けてくださった「聖教魂」を、わが「原理」として、新しい時代に即して見事に「応用」することこそ、聖教の制作を受け継ぐ池田門下の絶対の責務である。そして、その責任を果たす先に、必ずや世界広布のさらなる躍進もあると確信しています。

読者の皆さま、「無冠の友」(聖教新聞配達員)をはじめ、聖教に携わってくださる全ての方々に心から感謝し、創刊80周年へ、必ずや一層充実した紙面をお届けする決意です。