創価学会青年部は、1989年以来、28回にわたり「青年不戦サミット」(旧「3県平和サミット」)を開催。広島・長崎・沖縄の青年部による連携で、平和建設の潮流を起こしてきました。
この動画では、2019年9月7日、8日の2日間にわたり沖縄で開催された「青年不戦サミット」の模様、これまでの青年部の平和への取り組みなどを紹介します。

●青年不戦サミットの淵源
冷戦が終結した1989年、池田大作先生の提案により、広島・長崎・沖縄の青年部を中心とした「3県平和サミット」が発足。以来、反戦・反核の魂を継承し、平和を求める青年の連帯を築いてきました。そして2015年に、戦後70年の節目にあたり、「戦争と核兵器のない世界」へ時代変革の波を一段と力強く巻き起こす決意を込めて、現在の「青年不戦サミット」に改称。「3県平和サミット」を含めて今回で28回を数える、伝統の平和行事となっています。

●「沖縄戦の絵」展について
創価学会は平和運動の一環として、全国で戦争体験を記録し、伝えてきました。反戦出版とともに沖縄青年部が推進したのが「沖縄戦の絵」でした。
沖縄戦を伝える写真は、全て米国人によるもので、沖縄側からの〝写真〟はありませんでした。「戦争体験者に描いてもらって残すしかない」と青年たちは行動を開始します。1981年11月のことでした。
しかし、何カ月たっても一枚も集まりません。絵を描くことは、忘れようにも忘れられない痛恨の記憶をたどることになるからです。それでも青年たちは、戦争体験を継承することが平和建設につながると訴えて収集を続け、700点を数えるに至りました。
以来、これまで人々の視覚にふれなかった空白の部分を埋めるのに大きな意義を持つ貴重な歴史的資料として、全国72都市を巡回し、昨年には韓国・済州島でも展示が開催されています。

●機関紙「HAPPY EARTH」
長崎女性平和文化会議が1990年から発行を続けてきた機関紙。被爆者の声や学会の平和運動などを発信し続け、本サミット開催時点で189号を数えました。

●核ミサイルメースB基地跡(現:創価学会沖縄研修道場)
沖縄研修道場は、かつての米軍「核ミサイルメースB基地」跡地に、1977年にオープン。当初はミサイル発射台を取り壊す予定でしたが、「基地の跡は永遠に残そう。人類は、かつて戦争という愚かなことをしたのだという、ひとつの証として。沖縄には、平和を考える原点の場所として、ひめゆりの塔もある。健児の塔もある。それとは別の意味で、日本はもちろん世界の平和を考える原点の場所としよう」との池田大作先生の提案で、6体のブロンズ像が建つ「世界平和の碑」へと生まれ変わりました。