日々の活動

どうして折伏(しゃくぶく)・仏法対話をするの?

学会活動の中でも、もっとも大切な基本の一つが「折伏・弘教」の実践です。

仏法は、自身の幸福だけでなく、悩める友を救い「自他共の幸福」を実現し、崩れぬ平和な世界を築いていく大法です。この大法を弘めていくのが「広宣流布」の実践なのです。

日蓮大聖人は、「力あらば一文一句なりともかたらせ給うべし」(新1793㌻・全1361㌻)、「一句をも人にかたらん人は如来の使いと見えたり」(新1721㌻・全1448㌻)と仰せになっています。

仏法は、決して観念的なものではなく、仏法の素晴らしさを語り、行動していく私たちの生命の中に脈打っていくのです。

一人の友の幸福を願い、御本尊の偉大さ、創価学会の素晴らしさを語っていくことが大切です。

それが全て「折伏・弘教」の実践となり、そのまま福徳となって自身の生命に刻まれ、尊極の仏界の生命、成仏の境涯を開く根本の仏道修行となるのです。

また、「折伏=折り伏せる」という言葉のイメージから、ともすれば、相手の言い分を強く論破するのが折伏であるかのように考えがちですが、そうではありません。

池田先生は「折伏とは『真実を語る』ことです」「法華経の真髄である『南無妙法蓮華経』のすばらしさを語り、広げていく行動は、全部、『折伏』です」と語っています。

したがって、大聖人の仏法はこんなに素晴らしいんだと語っていくことが全て「折伏」になるのです。