文明間対話の軌跡
「文明間対話の軌跡」とは
池田大作先生は、半世紀以上にわたり国境・民族・思想・宗教の壁を越え、世界の識者との対話を重ねてきました。本ページでは、歴史家アーノルド・J・トインビー博士、美術史家ルネ・ユイグ氏、ノーベル賞を2回単独受賞した化学者ライナス・ポーリング博士、人権の母ローザ・パークス氏、人権の闘志ネルソン・マンデラ元南アフリカ大統領、東西冷戦を終結させたミハイル・ゴルバチョフ元ソ連大統領、世界人権宣言起草者アウストレジェジロ・デ・アタイデ氏、実業家松下幸之助氏ら、二十世紀を代表する知性との対談・交流の模様を映像で紹介します。平和・人権・生命・人間主義をめぐる「文明間対話の軌跡」を、ぜひご覧ください。
「二十一世紀への対話」アーノルド・J・トインビー氏
20世紀を代表する歴史家トインビー博士と池田先生との対談集『二十一世紀への対話』は、1972年の対談開始から今なお、世界で愛読されている。対談実現までのエピソードや多彩な識者インタビューによって、対談の現代的意義を考える。
「エスプリのための闘い」ルネ・ユイグ氏
ヨーロッパを代表する美術史家ルネ・ユイグ氏。ルーブル美術館の絵画をナチス・ドイツから守り抜いた闘士であり、多彩な分野で功績を残した。池田先生との10度を超える交流で語られた「エスプリ(精神)のための闘い」。それは精神の復興--「人間革命」を目指したものだった。
「『生命の世紀』への探求」ライナス・ポーリング氏
ノーベル賞を2回単独受賞した化学者ポーリング博士と池田先生の交流を描く。博士は戦後、核兵器廃絶に向けて立ち上がり、多くの迫害を受けながら、その信念を貫いた。人生の晩年で池田先生と出会い、対談集『「生命の世紀」への探求』を発刊した。
「二十一世紀の人権を語る」アウストレジェジロ・デ・アタイデ氏
ブラジル文学アカデミー総裁を長年務めたアタイデ博士は、ペンの力で軍事独裁政権と闘い、民主化を勝ち取った人権の闘士。 博士が94歳になるまで待ち望んだ池田先生の出会いと、対談集『21世紀の人権を語る』完成までの経緯をまとめた。
「人生問答」松下幸之助氏
実業家の松下幸之助氏と池田先生の交友録。激務を縫っての2人の対話は約30回に。年長の松下氏は息子ほども年が離れた池田先生を慕い、謙虚に学ぶ姿勢を崩さなかった。晩年の松下氏がたどりついた境地は「素直な心」。功を成しても初心を忘れないよう常に自戒していた。
「人間主義の時代へ」ミハイル・ゴルバチョフ氏
1990年7月、ゴルバチョフ元ソ連大統領と池田先生は、モスクワで初の出会いを結ぶ。ロシア・日本での10回におよぶ会談は、対談集『20世紀の精神の教訓』へと結実する。一国の利益でなく、全人類的利益を志向した2人の交流を描く。
「人権の夜明けのために」ローザ・パークス氏
米国の人種差別政策と戦い、「人権の母」として名を残したローザ・パークス氏。1955年のバス・ボイコット運動は、彼女の勇気ある行動がきっかけとなった。青少年の育成に力を注いでいた氏は1993年1月30日、池田先生と出会い、実り多い会話を交わした。
「闘いこそわが人生」ネルソン・マンデラ氏
ネルソン・マンデラ氏は南アフリカのアパルトヘイト反対闘争で28年に及ぶ牢獄生活を余儀なくされた。この「人権の闘士」が自由の身になって来日した際、池田先生と重ねた友好の記録。1990年と95年の2度にわたる会談を中心に、2人の深い友情を浮き彫りにする。
21世紀への対話 前編 CHOOSE LIFE
池田名誉会長の文明間対話の原点となったのは、歴史家アーノルド・ジョーゼフ・トインビー博士との対話(1972~73年)でした。その対話がどのようにして始まったのかに迫ります。
21世紀への対話 後編 未来への対話
現代の諸問題について、あらゆるテーマで語りあわれた池田名誉会長とトインビー博士との対話。博士は、仏教で説かれる「中道」の思想に共鳴します。


