信心の基本

信心の目的「学会永遠の五指針」について

創価学会には、第二代会長の戸田城聖先生と第三代会長の池田大作先生(現・名誉会長、SGI会長)が示した「永遠の五指針」があります。

<学会永遠の五指針>
1、 一家和楽の信心
2、 幸福をつかむ信心
3、 難を乗り越える信心
4、 健康長寿の信心
5、 絶対勝利の信心

ここには、私たちの信心の目的が凝縮しています。世界の全会員が、一人ももれなく幸福になるために、目指すべき信心の在り方が明確にされているのです。

学会員にとって、この指針は、それぞれが人生で、家庭で、職場で、また地域社会で、困難に負けず、希望に燃えて生き抜き、勝ち抜いていくための指標となってきました。

(1)一家和楽の信心

第一は、「一家和楽の信心」です。

家庭こそ、私たちの生活の基盤です。仲良き家族、安穏な家庭を築いていくなかに、私たち一人一人の幸福の実現もあります。そしてまた、そうした家庭を築くことが、地域と社会、さらには世界の平和と繁栄にもつながっていきます。

日蓮大聖人は「法華経を信ずる人は・さいわいを万里の外よりあつむべし」(御書1492ページ)と仰せです。強き信心があれば、私たちは強力な磁石のように、幸いを万里の外から集めることができます。必ず和楽の家庭を築いていくことができるのです。

家族で信心をしているのは自分だけ、という人もいるでしょう。しかし、心配はいりません。地域の同志も創価家族です。大事なのは、まず自分自身が勤行・唱題の実践や学会活動に真剣に取り組み、信仰の偉大さを実感していくことです。また、家族全員の幸福を日々、祈っていくことです。

池田先生は、次のように述べています。

「家族が信心していない場合も、多々ある。しかし、心配することはない。あせることもない。一人が真剣に、厳然と信心に立ち上がれば、縁する人を皆、幸福の方向へ、希望の方向へとリードしていくことができるからだ。ちょうど、暗夜の海に一つの灯台が厳然と光を放てば、無数の船が、安全な航路を進んでいけるようなものである」

私たちは、この確信を胸に、一家和楽の実現へ進んでいきたいと思います。

(2)幸福をつかむ信心

第二は、「幸福をつかむ信心」です。

大聖人は、法華経を引かれて言われています。

「此の経を持つ人は百人は百人ながら・千人は千人ながら・一人もかけず仏に成る」(御書1580ページ)

信心を持つならば、必ず幸福をつかむことができる――これが大聖人の仏法です。

また、こうも仰せです。

「法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる」(御書1253ページ)

真面目に信心に励んでいけば、途中にどんな苦労や困難があろうと、最後は必ず幸福な境涯を築くことができるとのお約束です。

幸福は、誰かから与えられるものではありません。どこまでも、自分の力で「つかみ取っていく」ものです。その原動力が私たちの信心です。そのために、私たちは学会活動を通して、自分の心を鍛え、強い自分自身を築いていくのです。

(3)難を乗り越える信心

第三は「難を乗り越える信心」です。

創価学会の信心は、一人一人が自身の生命の変革を通して、勝利の人生を切り開いていくためのものです。宿命を使命へと転換し、さまざまな悩みを乗り越えていくことができる、力ある信仰です。

しかし、船が勢いよく前進すれば大きな波が立つように、私たちが人間として成長し、それまでの壁を破って進もうとするならば、抵抗も起こります。それが、仏道修行を妨害しようとする「魔」の働きであり、仕事や家庭の問題、病気など、さまざまな形を取って現れてくる場合があります。また、信心をやめさせようと家族や友人が反対するといったこともあるでしょう。

しかし、御書に「此の法門を申すには必ず魔出来すべし魔競はずは正法と知るべからず」(1087ページ)とあるように、こうした難に遭うこと自体が、仏法を正しく実践していることの証明なのです。大事なのは、難が現れた時に、驚いて信心を疑ったり、学会から離れてしまったりしないことです。

大聖人は、「三障四魔と申す障いできたれば賢者はよろこび愚者は退く」(御書1091ページ)とも言われています。さまざまな苦難に遭遇した時こそ、自身が成長できるチャンスであり、今こそ宿命転換の時であると決意を深め、さらに勇んで信心の実践に励んでいくことが重要です。多くの同志と励まし合い、共に進んでいく中で必ず全ての苦難を乗り越え、想像もしなかったような幸福の大境涯が開かれていくことは間違いありません。

(4)健康長寿の信心

第四は、「健康長寿の信心」です。

健康こそ幸福の土台です。

大聖人は、唱題の力について、「南無妙法蓮華経は師子吼の如し・いかなる病さはりをなすべきや」(御書1124ページ)と言われています。

いかなる病魔にも負けない、仏の大生命力をわが身に涌現させていく――それが仏法の偉大な力用であり、その源泉こそ、御本尊への唱題です。

かつて戸田先生は語りました。

「強盛に信心するならば、経文において明らかなごとく、新しく強き生命力を得て、事業に、健康に、生き生きとした生活が始まってくる」「それは地から涌出するところの水のようなものであって、絶ゆることがない」

この言葉通り、多くの学会員が信心根本に病を乗り越え、宿命転換の実証を示してきました。その偉大な体験は「聖教新聞」や「大白蓮華」など、学会の機関紙・誌にも数多く掲載されています。

大聖人はまた、病気と闘う門下を励まされて、次のように仰せです。

「一日の命は、宇宙の全財宝を集めた以上の宝である」(御書986ページ、通解)

「(あなたは)法華経にめぐりあわれたのですから、一日でも生きておられれば、その分、功徳が積もるのです。何と大切な惜しい命でしょうか。惜しい命でしょうか」(御書986ページ、通解)

命にまさる「宝」はありません。そして、信心を持った私たちは、かけがえのない一日一日を生ききることで、三世にわたって崩れない福徳を生命に築いていくことができます。

年齢を重ねるごとに、色心ともに若々しく、福々しくなっていくのが妙法の力です。信心根本に、聡明な生活を送りながら、一人一人が健康・長寿の人生を勝ち取っていきましょう。

(5)絶対勝利の信心

第五は「絶対勝利の信心」です。

御書には「夫れ仏法と申すは勝負をさきとし」(1165ページ)と仰せです。

仏典では、「仏」のことを、「一切に打ち勝った人」「目的を達成した人」「ヒマラヤが他の山に打ち勝って、輝くような人」等と表現しています。仏は「絶対勝利の人」の異名ということができます。

人生は戦いの連続です。仕事や学業など日々の生活においても、目前の課題に勝ち、自身の弱さに打ち勝っていかなければ、幸福な人生を築いていくことはできません。また、広宣流布を前進させていくこともできません。

日蓮大聖人は「仏法というのは道理をもととするのである。道理というものは、主君という権力者にも必ず勝つのである」(御書1169ページ、通解)とも仰せです。

正しい信心を持った私たちは、必ず勝利の人生を開いていくことができます。そのためにも、大切なのは学会の組織から離れないことです。学会の同志とともに、励まし合いながら進んでいくことです。

私たちは、この「学会永遠の五指針」を胸に刻み、共に幸福・勝利の人生を歩んでいこうではありませんか。