宿命転換

日蓮大聖人の仏法は、生命を根源から変革して、自身の運命を切り開き、現在と未来にわたって幸福境涯を確立する宿命転換の仏法です。

ここでは、宿命転換の原理と、宿命を使命に変えていく真の仏法の実践を学びます。

①宿命転換

人生の悩みや苦難は、さまざまです。その中には、今世の自分自身の行動や判断が原因になって現れるものもありますが、中には、今世に原因を見いだすことができないものもあります。“自分は何も悪いことをしていないのに、なぜ、このような苦しみを受けなければならないのか”と思うような苦難に直面する場合もあります。

仏法では、このような苦難は、過去世において自分が行った行為(宿業)の結果が今世に現れたものであるととらえます。

そこで、今世における「宿命の転換」を説くのが、日蓮大聖人の仏法です。

大聖人は、「佐渡御書」の中で、御自身が大難を受けているのは、仏教で一般に言われる通常の因果によるものではなく、過去において法華経を誹謗したからであると述べられています(新1290・全960)。

これは、万人成仏、人間尊敬、自他共の幸福を説ききった正法である法華経を誹謗すること、すなわち謗法(正法を謗ること)こそが根本的な罪業であり、あらゆる悪業を生む根源的な悪であるということを教えられているのです。

この正法に対する不信・謗法という根本的な悪業を、正法を信じ、守り、弘めていくという実践によって、今世のうちに転換していくのが、大聖人の仏法における宿命転換です。そして、その実践の核心が、南無妙法蓮華経の題目です。

大聖人は、「衆罪は霜露の如く 慧日は能く消除す」(法華経724㌻)という経文を引いて、自身の生命に霜や露のように降り積もった罪障も、南無妙法蓮華経の題目の慧日(智慧の太陽)によって、たちまちのうちに消し去ることができると言われています(新1093・全786)。

御本尊を信受して、自行化他にわたる唱題に励み、自身の胸中に太陽のような仏界の生命が現れれば、さまざまな罪業も霜や露のように消えていくのです。

②転重軽受

私たちは、信心に励んでいても、人生の苦難に直面することがあります。また、広宣流布のために戦うと、それを妨げようとする障魔が起こり、難にあいます。

大聖人は、このような苦難に出あって宿命転換できるのは、むしろ「転重軽受」の功徳であると教えられています。

転重軽受とは、「重きを転じて軽く受く」と読みます。

過去世の重い罪業によって、今世だけでなく、未来世にわたって、重い苦しみの報いを受けていかなくてはならないところを、現世に正法を信じ弘める実践の功徳の力によって、重罪の報いを一時に軽く受けて、罪業を全て消滅させることができるのです。

大聖人はこの転重軽受の功徳について「地獄の苦しみぱっときえて」(新1356・全1000)と仰せです。苦難は、宿業を消して、生命を鍛錬する重要な機会となります。

③願兼於業

苦難に直面しても、信心を貫いて宿命転換する人にとっては、苦難の意味が大きく変わります。

法華経には、「願兼於業(願、業を兼ぬ)」の法理が説かれています。

願兼於業とは、修行によって偉大な福徳を積んだ菩薩が、悪世で苦しむ人々を救うために、わざわざ願って、自らの清浄な業の報いを捨てて、悪世に生まれることです。

その結果、菩薩は、悪業の人と同じように、悪世の苦しみを受けます。ここから難の意義をとらえ返すと、信心で難を乗り越える人にとっては、悪世に生きて苦難を受けるのは、決して宿命ではなく、実は人を救う菩薩の誓願のゆえであり、苦難を共有し、それを乗り越える範を示すものであることになります。

この願兼於業の法理を踏まえた生き方を、池田大作先生は「宿命を使命に変える」と分かりやすく示しています。